浅海 崇夫さんの記事

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理太郎便り電子版【その3 】木暮理太郎の盟友「田部重治」第1回「田部祭」開かれる

2018年 09月05日 17:44

 太田市出身・日本山岳会第3代会長木暮理太郎の“盟友”英文学者で登山家の「田部重治」を顕彰する第1回「田部祭」が7月21日(土)山梨県山梨市西沢渓谷で開かれた。重治のレリーフの除幕を兼ねた式典には、重治の玄孫(やしゃご)の田部泰一氏、地元の高木晴雄山梨市長、深沢健三日本山岳会山梨支部長始め全国の山岳関係者が出席した。太田からは「理太郎を語り継ぐ会」の服部佳郎会長、浅海崇夫事務局長、山岳写真家の中越久雄氏らが「理太郎旗」を掲げ参加した。百年前、重治は東京帝大在学中に理太郎と知り合うと、共に各地の山を冒険的に踏査し、数々の先駆的登山を行た。『日本アルプスと秩父巡礼』『山と渓谷』等を著わし、奥秩父山塊の渓谷美を世に知らしめた。大正5年発行の日本山岳会機関誌「山岳」は、2人の「秩父の旅の思い出」「奥秩父の山旅日記」等が特集され、山域が『奥秩父』と呼ぶ事が一般化した端緒となった。時あたかも山岳文学に詳しい砂田定夫氏(相模原市在住)が、先駆者たちの交友をめぐってⅡで『木暮理太郎と田部重治の場合』を日本山岳文化学会論集の最新号で執筆している。理太郎と重治の経歴を並列年表で著わすなど2人の全てが解るその労作が会場に配られと、出席者は熱心に見入っていた。(深海山峰)[撮影=山梨市旧西沢山荘前〕

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